2007年11月11日

『 蒲生氏郷 』

あまり有名じゃないのかもしれない
戦国武将として、一般的には名前がすぐ出てくるわけじゃなさそう。
しかし、織田信長に認められ、
豊臣秀吉にも認められ、そして警戒された武将。


蒲生氏郷
著者名:近衛龍春(著)
出版社:学習研究社
出版年:2007.10
ISBN :9784059012054


織田信長に仕え始めた(最初は信長に差しだされた人質として)
ころの部分が特に長い。
それに比べると、本能寺の変以降はあっさりと書かれているような感じ。

1595年、40歳で病死。
最期の部分の記述はわりと素っ気なく書かれているようにも。
直接の戦闘では負けたことがない、というだけに、
悲運の武将ともいえるでしょうか。

織田信長に仕え始めた(最初は信長に差しだされた人質として)
ころの部分が特に長い。
それに比べると、本能寺の変以降はあっさりと書かれているような感じ。

1595年、40歳で病死。
最期の部分の記述はわりと素っ気なく書かれているようにも。
直接の戦闘では負けたことがない、というだけに、
悲運の武将ともいえるでしょうか。

歴史にIF(もし)はない、というけれど、
この武将があと20年生きながらえていたらどうなっただろう?
戦いでは、自身が先頭に立って猛将振りを示したらしいけれど、
これ、敵に討たれるリスクが高いのも事実ですよね。

自ら先頭に立つ大将は天下を取れぬ、と
あれ、... どの本だったかにだれかが言ったようなことが
書いてあった気がするけれど、
それは言えているかもしれない。
そういう意味では加藤清正と同じような立場、でやはり終わったのかも...

関ヶ原の戦いのときに蒲生氏郷がいたとすれば、
どちらについただろうか?
とか、いろいろ想像できそう...

ちなみに、
跡を継いだ蒲生秀行は東軍、家康側についたらしい。
posted by Silent Bells at 01:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史
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