2007年01月26日

片手落ち?『 「日の丸・君が代」を強制してはならない − 都教委通達違憲判決の意義 』


「日の丸・君が代」を強制してはならない
著者名:澤藤統一郎(著)
出版社:岩波書店
出版年:2006.12
ISBN :9784000093910


ブックレットなので、すぐ読めてしまうのですが、
読んでいてちょっと疑問が...

(推進派について)
そのそも何故に「国旗(日の丸)」「国歌(君が代)」)を
教育の現場で強制する?
そこまでしないといけない理由は?
アメリカの学校では、毎日国歌を歌うようなことを聞いたことがあるけれど、
日本とアメリカでは国の成り立ちも違うし、民族構成も異なる。
(日本に帰化した人も増えているかもしれませんが...)
単にアメリカの真似をしているのであれば、ちょっと違うような...

(反対派について)
国旗、国歌に反対しているのか、日の丸、君が代に反対しているのか?
つまり、国旗、国歌が「日の丸」「君が代」でなかったとしたらどうなのか?
「日の丸・君が代」を強制反対、といっているけれど、
単に反対だけで、ではどうしたいのか、がない。
(以前の国会での某野党みたい)

日本国憲法 第19条に、
「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」
という条文がある。
これを考えれば、「日の丸・君が代」を強制は違憲と解釈できそうだけれど、
日本も「国家」である以上は、何か一つにまとまるものは必要とは思わないのか?
それとも「国家」なんてなくていい、日本という国はなくてもいい、ということ?

なにか釈然としません...
posted by Silent Bells at 12:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治もの
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